写真でつづる四季の身延山・七面山、身延山・七面山を歩く
写真で綴る身延山の四季
日蓮聖人御廟所
お会式万灯行列
歩いて登る身延山
身延山を歩く会
久遠寺の桜
山門から丈六堂まで
日蓮聖人御入山会
身延山の紅葉
ダイヤモンド富士
雨乞いの滝
身延山カレンダー
写真で綴る身延山の四季
身延山・七面山を歩く、身延山・七面山に登る、身延山・七面山にお参りする、久遠寺にお参りする、日蓮大聖人の御廟所にお参りする、七面山にお参りする、参詣、登詣、修行、山歩き、ウォーキング、トレッキング、散歩、家内安全、身体健全、学問成就、念願成就、それぞれ思いややり方は違っても、身延山・七面山を歩いてみてください。

そこには命があり、教えがあり、緑があり、救いがあり、夢や思いや願いがあります。歴史や自然があります。

末法を生きる我々のために、不屈の精神で、人の歩むべき道を説き示し、遺してくださった日蓮大聖人の足跡をたどり、ご恩に感謝しながら、これまでの自分の生き方を反省し、今後の生き方を決断していく。
法華の菩薩日蓮大聖人の思いの籠もった身延山は、ときに優しくときに厳しく、懺悔や求道に道を開いてくれる、そんな素敵な山です。

その素敵のことを「妙」と言います。妙とは、蘇る、生まれ変わるという意味です。

ふと見るあらゆるものに、人々の幸福を願って生涯を人間救済に費やした古今東西の人々の思いや願いが蘇ります。

七面山に祭られる七面大明神は、その日蓮大聖人に法華経を信じ法華経のために菩薩行を行うものを守ることを誓った神様です(1277(建治3)年、日蓮聖人の前に姿を顕した七面天女の故事に由来)。

※身延山 標高1153m 久遠寺本堂付近から山頂まで標高差760m 所要時間2時間〜3時間(個人差あり)
※七面山 標高1982m 山頂近くの標高1700mの敬慎院まで所要時間3時間〜4時間(個人差あり)
桜咲く身延山、桜 身延
桜咲く季節(身延山の桜)
身延山日蓮聖人御入山会
初夏の頃(身延山日蓮聖人御入山会)
身延山日蓮聖人御会式万灯奉納
お逮夜の万灯(身延山日蓮聖人お会式)
身延山の紅葉
紅葉の季節(身延山の紅葉)
身延山日蓮聖人御廟所
御廟所ご案内(身延山日蓮聖人御廟所)
身延山から見るダイヤモンド富士
ダイヤモンド富士(身延山から見るダイヤモンド富士)
身延山雨乞いの滝
雨乞いの滝(身延山雨乞いの瀧)
身延山久遠寺三門から丈六堂まで
三門から丈六堂まで(身延山久遠寺参道)
身延山・七面山を歩く
身延山・七面山を歩いて登る(身延山・七面山を歩く)
身延山・七面山カレンダー
身延山・七面山カレンダー
 一二七四(文永十一)年、流罪を許されて佐渡から鎌倉に戻られた日蓮大聖人は、再度の諫暁によって国を正そうとするも時の執権には受け入れられず、鎌倉を去ることを決意されます。壇越波木井実長公の招きを受けて身延の地を訪問された大聖人は、身延の地を大変気に入られ、この山を釈尊が法華経を説かれた聖地霊鷲山にも例えられ、一二八二(弘安五)年、病気療養の為に常陸の国(現在の茨城県)へと向かわれるまでの九か年をこの地でお過ごしになられました。大聖人は、常陸への途上、武蔵国池上(現在の東京都大田区池上)の地で、その波乱に満ちた六十一年のご生涯を終えられますが、弟子たちに、「日蓮が弟子、檀那らはこの山を本として参るべし」とのご遺言をお残しになられました。
 それから、七百有余年。身延山は、法華信仰の中心地として、多くの先人により愛され、護られて参りました。そして、今なお、先人の思いは生きつづけ、身延山は四季折々に、さまざまな姿を見せながら、法華経を信仰する人々を見守り続けております。
 作者は、1998年頃から、ほぼ毎月、身延山や七面山を歩いています。
 この頁では、そんな身延山の四季の写真を綴らせて頂きました。
 身延山を歩きながら考えたことや物語など、エッセイや童話も載せています。

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