北の国では、夏は、一気にやって来て、知らないうちに去っていきます。 夏が終わると、短い秋。 秋の終わりは、もう冬の入り口です。 「沢ノ森に雪が降ったらしいよ。」 母ちゃんが父ちゃんに言いました。 「沢ノ森に三度雪が降ったら、里に雪が降るって言うからなあ。そろそろ、雪の準備をしないと。」 父ちゃんが言いました。 森とはいっても山のことです。純一の住んでいる地方では、いちめんに木のはえている低い山のことを森と呼んでいるのです。 小学三年の純一はテレビゲームをしながら、二人の話を聞くとはなく聞いていました。 「やなこったなあ。」 二人は深いため息をつきました。 ため息のわけを純一は知っていました。 父ちゃんは、前の冬、雪かきの途中に屋根から落ちて、足の骨を折る大けがをしたのです。けがは、田植えの時期になっても治らず、母ちゃんは、父ちゃんの分まで働かなければなりませんでした。 「すまんなあ。」 父ちゃんはくり返しました。 「何を言ってるの。しょうがないじゃない。けがしたんだもん。」 母ちゃんはそのたび笑って答えました。 けれども、母ちゃんが、ほんとうは、とてもつかれていることを、純一は知っていました。 いつも元気に見える母ちゃんが、ときどき、つかれた顔をしてため息をついているのを見ていましたから。 雪が降るといやだなあ。 その夜、ふとんの中で純一は思いました。 学校でも、クラスメイトたちが、雪の話をしていました。みんなの家でも、沢ノ森に雪が降ったという話があったのでしょう。 放課後、いつものように昌男たちとサッカーをした帰り道、赤い自転車に乗った郵便屋さんが、純一たちを追い越していきました。 郵便屋さんは、長い影を引きずりながら、夕焼けの中に遠ざかっていきます。 郵便屋さんの背中を見送りながら、手紙、と純一は思いました。 「今日も、沢ノ森には雪が降ったってさ。」 夕飯を食べているとき、父ちゃんが母ちゃんに言いました。 「そう。」 母ちゃんの顔がくもりました。 母ちゃんは、純一を見ました。 純一は、あわてて目をそらすと、何も見なかったという顔をしてご飯を食べ続けました。 ご飯を食べ終わると、自分の部屋に戻って、机の引き出しから便せんと封筒を取り出しました。 東京に引っこした友だちに手紙を出すために買ってもらった、水色の便せんとおそろいの封筒です。 便せんの一枚を切り取ると、手紙を書き始めました。 雪への手紙です。 降らないでほしい、と書きました。 父ちゃんの足のけがのことや、つかれている母ちゃんのことも書きました。 何度も消しゴムを使いながら書き上げたあとで、純一は、ハッと思いつきました。 あれ?雪はどこにいるんだろう? 宛先がわからなかったのです。封筒に書く宛先の住所が。 純一は考え込みました。 あ。そうだ! 次の日の朝、学校に出かける純一のカバンの中には、宛先を書いた手紙が入っていました。 宛先はこうでした。 さわのもり ゆきさま 学校にいく道の途中にあるポストに入れました。 その夜、父ちゃんと母ちゃんは、雪の話はしませんでした。 純一は、心の中で、よかった、っと思いました。 次の日、学校から帰ると、純一は、父ちゃんと母ちゃんのそばにずっといました。 沢ノ森の話が出ないか気になったのです。 けれども、父ちゃんも母ちゃんも、沢ノ森の話も雪の話もしませんでした。 手紙は届いたんだろうか? 純一は心配になりました。 だって、あの宛先です。 さわのもり ゆきさま 郵便屋さんが、こまっているのかも知れません。 その次の日も、雪の話は出ませんでした。 次の日、学校でも聞きましたが、誰もが雪が降った話は聞かないと言いました。 きっと、手紙は届いたんだ。 純一は思いました。そして、心の中で、にこにこと笑いました。 十日たっても、沢ノ森に雪が降ったと言う話は聞きませんでした。 「沢ノ森に、雪が降らないらしい。」 父ちゃんが言いました。 「そうらしいわねぇ。降らないのも、こまりごとよね。」 母ちゃんが言いました。 父ちゃんは、そうだなあ、というようにうなずきました。 二人とも、こまったなあ、という顔をしています。 純一は、なぜだろうと思いました。 雪が降らない方が、うれしいはずなのに。 それで、いつものように、聞いていないふりをしていましたが、つい、 「どうして?」 と言ってしまいました。 父ちゃんと母ちゃんは、きょとん、とした顔で、純一を見ました。 そんな話に純一が入ってくるなんて、思いもよらなかったのです。 純一は、しまった、と思いましたが、それでも、聞かずにはいられませんでした。 「どうして、雪が降らないとこまるの?」 母ちゃんの顔を見ましたが、母ちゃんが、父ちゃんの方を見たので、父ちゃんの方に目を移しました。 「こっちにおいで、純一。」 父ちゃんは、純一を呼んで、ひざの上にすわらせました。 純一は、母ちゃんのひざの上もやわらかくて大好きだけど、父ちゃんの大きなひざも大好きです。 「どうして?だって、雪かきはたいへんで、父ちゃんはけがをしたのに。」 純一はもう一度聞きました。 「あのなあ、純一。雪は、冬の間に降りつもって、そりゃあ、雪かきや何やと大変だけど、春になると、とけて、田んぼや畑の水になってくれるんだよ。」 父ちゃんは言いました。 「それに、雪はふとんなんだよ。冬は、春から秋まで人間のために、いろいろな恵みをくれた森や野や田んぼや畑が眠りにつく季節なんだ。雪はそんな、みんなのふとんになって、やさしく眠らせてくれるんだよ。」 父ちゃんは、わかるかな、というような顔で、純一の顔をのぞきこみました。 純一は、わかった、というしるしに、うなずきました。 部屋に戻ると、雪に手紙を書きました。 今度は、降ってください、という手紙です。 降らないとこまる、と書きました。 この前の手紙は自分のまちがいでしたとあやまり、父ちゃんも母ちゃんも自分も、雪を待っているのだと書きました。 雪はまだきっと、沢ノ森にいるはずです。 宛先は、前と同じように書きました。 通学の途中、ポストに手紙を入れて、純一は、ホッと息をはきました。 その日、純一は、何度も窓の外をながめました。 学校では、先生にしかられてしまいました。 家では、母ちゃんが、 「どうしたの?」 とたずねました。 けれど、雪は降りませんでした。 次の日の朝にも、眠い目をこすりながら、窓の外を見ましたが、やはり雪は見えません。 どうしよう。どうしよう。このまま雪が降らなかったら。 純一はゆううつな気持ちで学校に行きました。 教室の窓からは、沢ノ森が真正面に見えます。先生に見つからないように注意しながら、ときどき、窓の外を見ていました。 すると、3時限目の初めに、沢ノ森が、白くなっていくのが見えました。 とうとう雪が降ったのです。 「やったあー!」 思わず、大きな声が出ました。 クラスメイトがどっと笑い、先生には、こっぴどくしかられました。 けれど、そんなことは平気です。 手紙が届いたんだ。 しかられながらも、純一は、心の中でよろこんでいました。 「沢ノ森に雪が降ったよ。」 息を切らしながら、走って家に帰ると、父ちゃんと母ちゃんに急いで教えました。 「そうか。降ったか。じゃあ、今夜あたり、里にも降るかもしれん。」 父ちゃんの言ったとおり、夜には、雪が降りました。 「大雪にならなければいいが。」 父ちゃんと母ちゃんは、心配そうに顔を見合わせて言いました。 けれども、純一だけは、落ち着いていました。大雪にはならないと知っていたのです。 雪に書いた手紙には追伸がありました。 追伸 父ちゃんの足がしんぱいなので、あまりふかい雪はふらさないでください。 (終) |
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